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教授挨拶

「個体全身を診る・観る・試る」東北大学大学院医学系研究科 糖尿病代謝・内分泌内科学分野 教授  片桐 秀樹

糖尿病代謝・内分泌内科学分野は、東北大学第三内科(尚仁会)の流れをくむ分子代謝病態学分野(岡芳知 名誉教授)と私が教授を務めていた創生応用医学研究センター代謝疾患学分野とが一体となって、2013年5月に名称も新たにスタートしました。東北大学病院糖尿病代謝科を臨床部門とし、代謝疾患医学コアセンターとも密接に連携しながら、糖尿病・肥満・動脈硬化などの代謝疾患をターゲットに、研究・臨床・教育を進めています。スタッフも非常に若く明るく活気に満ちています。

糖尿病は血糖値が高くなる病気、肥満は体重が重くなる状態です。その血糖値や体重は、全身各臓器の代謝状態の総和で決まります。ですから、様々な臓器・組織の個別の代謝状況を詳しく知る必要があることはもちろんのこと、各臓器の代謝がどのように連携し個体全身レベルで調節制御されているかを考えないといけません。さらに、糖尿病や肥満は、さまざまな臓器の疾患が発症の原因となることも多く、また結果としても、多くの臓器に合併症を発症します。つまり、代謝疾患を専門とする医者は、血糖値や体重だけを診ていればよいのではなく、病態としても病因としても合併症としても、全身各臓器の状況を把握する必要があるのです(「全身を診る」)。

我々は、このような臨床の場での経験をもとに、それまでのインスリン分泌やインスリン抵抗性で糖尿病を理解する代謝学から大きく舵を切り、世界に先駆け、全身各臓器が連携して個体全身レベルで恒常性を保つ仕組みの解明に乗り出しました(「全身を観る」)。その結果、この「全身での代謝恒常性」のメカニズムとして、求心性神経を含む神経ネットワークが大きな役割を果たしている現象を次々と見出し、「臓器間ネットワーク」の概念を提唱するに至りました(図)。例えば、脂肪組織からの神経シグナルが食欲を調節し(Cell Metabolism 2006)、肝臓での代謝変化が神経シグナルを介して基礎代謝(Science 2006)や熱産生(Cell Metabolism 2012)を調節して、体重の恒常性を維持し肥満のなりやすさを規定していること、肝臓からの神経シグナルにより膵β脂肪が増殖しインスリンがたくさん分泌されるようになること(Science 2008)などを発見しました。これらの体に備わったシステムを活用することで、エネルギー代謝を調節した肥満の治療、膵β細胞を体内で再生させる糖尿病の治療などが可能になるのではないかと夢をもって研究を進めています。

全身に張り巡らされた血管もまた、各臓器の機能を調節する重要なネットワークの一つです。我々は動脈硬化の成因として酸化ストレスや小胞体ストレスが関与していることを示し(Circulation 2008Circulation 2011)、その下流の炎症シグナルを血管内皮細胞で抑制することで、健康長寿マウスの作成にも成功しました(Circulation 2012)。さらに、臨床研究としても、糖尿病の一亜型B型インスリン抵抗症完治に成功(Lancet 2009)、動脈硬化の早期診断法の開発(Atherosclerosis 2008, 2009)や、ゲノム構造異常という全く新しい視点からの糖尿病体質の遺伝の研究(Exp Diabetes Res 2011PLoS One 2014)など、オリジナリティーの高い研究を進めています。臓器間ネットワークのヒトでの検証や糖尿病・肥満発症との関連の検討も始めているところです。

これらの研究成果は、岡名誉教授、山田准教授、石垣前准教授(現 岩手医科大学教授)今井講師、宇野院内講師、長谷川前助教(現 UCSF)、高助教、突田助教を初めとした当教室のメンバーが力を合わせ、みんなの努力が結実したものです。この東北大学オリジナルの臓器間ネットワークの考え方は、平成18年度日本学術振興会賞、平成20年度からのG-COEプログラム「Network Medicine創生拠点」、平成25年度からのCREST、平成26年度文部科学大臣表彰科学技術賞にもつながったことなどからも、今や世界に認知してもらえ広く浸透したものと言えると思っています。

このように、エネルギー代謝調節を中心とした臓器間神経ネットワーク臓器間ネットワークによる膵β細胞制御血管・小胞体ストレス研究臨床研究によるヒトでの検証といったそれぞれの研究テーマに取り組むチームで、研究を進めています。求心性神経シグナルの関与はとりもなおさず、脳の関与を意味します。つまり、脳は神経を使って随時末梢臓器の代謝状況を把握し、個体レベルでの調節信号を全身に送っているわけで、糖尿病や肥満の少なくとも一部は脳の病気かもしれません。全身代謝調節における脳の働きの関連についても研究を進めているところです。

これまで、インスリン注射やスルフォニル尿素薬といったインスリン一辺倒だった糖尿病治療は、肝・消化管・脂肪組織・脳・腎臓などに個別に働きかける薬剤が使用できるようになって大きく変化しつつあります。その結果、実臨床の場でも「全身を診る」力が求められ、「全身を観る」考え方がますます重要となってきました。さらに、持続血糖測定(CGM)・持続インスリン注入(CSII)やそのclosed loopの実用化、多種多彩な薬剤の上市により、糖尿病を初めとする代謝疾患診療にさらに高い専門性が求められるようになってきています。患者数が増加し続ける糖尿病・肥満などの代謝疾患に対し、糖尿病専門医の役割がどんどん増してきているわけです。当教室では、大学院卒業者全員が糖尿病専門医の資格が取れるよう、支援・指導をしています。

さらに、バイオテクノロジーの発展により、個体レベルの解析と個々の臓器・細胞内の解析が詳細に行えるようになり、自分のアイデア通りにいろいろ試してみる(「試(み)る」)研究が可能となっています。研究とは、夢とロマンに満ちた「自己表現の場」です。当教室では、「多臓器生物の生きている仕組み」と「糖尿病・肥満・動脈硬化の治療法開発」という深遠かつ現実的なテーマを同時に対象とすることで、若いメンバーが、ひょっとしたら世の中の役に立つかもしれないという充実感と臨場感を実感しつつ、最先端のテクノロジーを駆使して、存分に自分の可能性を表現してくれています。

当教室は、臨床・研究の幅広い領域を所掌しています。その中で、個々の興味やスタンスに応じて、「個体全身を診る・診る・試る」ことにより、代謝領域の専門内科医として、and/or、最先端の研究者として、最大限に自分の力を発揮し、最大限に自分の可能性を追求できる環境が整っています。やる気のある若い力を大いに歓迎します。